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5 ヤクザの情婦から女郎に転落 人身売買実体験者H子さん 「淫売さん」と呼ばれて......

H子(1999年11月28日(日)22時47分14秒)

(後半)

ごく普通のワンピースとコートを着ていましたが、置屋に着く成りお母さんに

「そんな恰好じゃお客とれないから買っておいで」

と言われすぐ近くの洋品店へ1人で行かされました。

あらかじめお母さんから電話が入っているからお金は要らなかったんですが「K屋」から来ましたと言えば分かるからと言われていたように「K屋から来ました」となかなか口に出せませんでした。

店番の女の子が、友達らしき女の子と話しているので声をかけずらかったのもありますが「K屋から...」と言うことは自分が売春婦ですよと言うみたいなものですから...同年輩の同性にいうのはつらいものがありました。

友達に指摘され店員さんが声をかけてきましたまだこの時点では、私の事を普通の女の人と思っていた様子でしたが、「K屋から...」と言ったとたんタメ口になり奥に声を掛けました。

奥からは、店員の母親らしき人の声だけが聞こえてきました。

「K屋さんから電話があって新しいお女郎さんが行ったら見繕ってて言ってたからそうしといて..」と。

店員さんは、ペラペラでミニのワンピースを2枚私に渡し

「みんなこれ着てるからね」

と言いました。

汚しやすいお仕事ですから3パックぐらい買います?とハデなパンティが10枚ワンセットになった物を私に手渡しました。(実際に沢山の下着が必要でした...)

その間好奇心丸出しの表情で見ていたお友達らしき女の視線が辛かったです。

その日から売春婦(その街の人達には淫売さんと呼ばれる事が多かったですが)として男の性欲のすさまじさを思い知らされお金で売り買いされ惨めさを味わいつくす悲惨な人生がスタートしたのでした。

まだまだ書きたいことは一杯ありますが今日はこのへんで失礼いたします。

......

......

さて、後半です。

H子さんが売られたお店の屋号は、K屋(仮名)とさせていただきました。

売春窟といいましても、置屋の周りには普通の住宅街があるようです。

スーパーや洋品店もあって、そこでは一般の方々が買い物をしていると。

女郎置屋所属の淫売さんが買い物にいかなければならないと。

そんな状況です。

そこに、つい昨日まで極妻でブイブイいわせていたH子さんがつれてこられた。

ごく普通のワンピースとコートを着ていましたが、

とおっしゃっておられますが、極妻だった方が着ているワンピースとコートです。

きっと派手なものだったでしょう。

それが、淫売さんの制服であるぺらぺらのミニワンピースに着替えさせられたと。

そして、淫売さんの必需品である、派手なパンティ10枚詰め合わせを大量に買わされたと。

......

みじめだったでしょうね。

つらかったでしょうね。

H子さんもよくお書きになられたなあと思います。

借金の方に身柄を押さえられ風俗店に売られた女の話は世間一般には色々ございますが、このH子さんの手記以上のものを読んだことは、ございません。

それだけに、貴重なるお書き込みです。

>その日から売春婦(その街の人達には淫売さんと呼ばれる事が多かったですが)として男の
>性欲のすさまじさを思い知らされお金で売り買いされ惨めさを味わいつくす悲惨な人生がスタ
>ートしたのでした。

売られた側の人間が書いた体験記。

これからさらに、激しく強烈なる内容のものが続きます。

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